『砂漠の狩人』

砂漠の狩人―人類始源の姿を求めて (1978年) (中公新書)

砂漠の狩人―人類始源の姿を求めて (1978年) (中公新書)

 

──じつは、そろそろ純粋なレポートを読むのに退屈してきていまして、派生したテーマ、たとえば狩猟採集生活から貨幣経済に移る段階とか、苦しい現代生活からいかに逃れるかとか、狩猟採集社会と階級社会を比較して哲学的に昇華させられないかとか、平和だった社会が集団戦争に発展したのかとか、そういうメタレベルの本を読みたくもあります。でも、あと何冊か、読むか〜。

田中二郎『砂漠の狩人』(中公新書)を読みました。1966年と1971年、カラハリ砂漠のブッシュマン(サン人)を調査した人類学者のエッセイです。おそらく品切れですが、同著者の『ブッシュマン、永遠に。』を読めば、1980年代以降の彼らの生活の変化も追跡できます。

ノマド的な狩猟採集生活を送っていた当時のブッシュマンは、もうみなさんご存じの、平等分配社会で、決まったリーダーはなく、財産が少なく、現実主義的でたくさんは働かず、性におおらかで、笑いながら生きている人たちです。著者はボツワナで人々と暮らしますが、妻子とともに行った2度目の訪問では、南アフリカからナミビアまで長期にわたってドライブしています。最近、こういう本を読むとき、よくGoogleMapで地名を検索するんです。ブランドベルク山(Brandberg Mountain)にも古代ブッシュマンの壁画があるそうです。(→GoogleMap

移動できなくなった家族をやむなく置き去りにする話が現実にある、というエピソードはヴァン=デル・ポストによる面白いドキュメント風小説『カラハリの失われた世界』にも出てきました。

ピグミーのことなどもきちんと読んでみなければわかりませんけど、南米ジャングルとアフリカの砂漠の狩猟採集民は、環境の違いなどにより世界の把握の仕方が違ったりすることがあるんじゃないでしょうか。

ブッシュマンは《自分たちに説明のつかない自然現象の不可思議──創造や病気や日照りや死──を説明するために、彼らなりの神と悪魔の存在を考え》、天地万物の創造者は「ネリマ」と言い彼らに良いことをもたらす。一方、「ガマ」と呼ばれる悪魔はあらゆる災いをもたらすそうです。とはいえ、深いジャングルを生きる南米の狩猟採集民と比べれば世界の捉え方がシンプルな気がします。あくまで素人考え。今後の課題です。

ところで、冒頭にトビウサギの狩猟シーンが出てくるんです。これがまあ、前回書いた『洞窟おじさん』巻末のイラストに描かれた方法と同一だから驚きました。《ウサギは逃げ足が速く、捕獲するのに苦労した。試行錯誤の中から独自の捕まえ方を発見した》って、当時中学生の洞窟おじさん、あなたは本物の狩猟家ですわ。